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静岡地方裁判所沼津支部 昭和42年(わ)101号 判決 1967年6月24日

被告人 山橋国男

主文

被告人を懲役八月に処する。ただし、この裁判が確定した日から参年間執行を猶予する。

昭和四二年五月四日付起訴状記載の二(一)および(二)の各公訴事実について、被告人は、無罪。

理由

一、罪となるべき事実

被告人は、

第一(一)  カメラ商桑山邦雄およびもと被告人方店員大友A子(当一九歳)と共謀のうえ、昭和四二年三月二一日、静岡県清水市西里一、四二四番地先山梨久作方わさび棚付近において、遠藤泰治ほか五名の面前で、大友A子において、全裸体となり、陰部を示し、同人等にその姿態の写真を撮影させる等し、もつて、公然、猥褻の行為をし、

(二)  写真業久松弘宣および前記大友A子と共謀のうえ、同月二七日、同県沼津市大手町五七番地丸新食堂こと鈴木渡資方二階において、上田軍彦ほか九名の面前で、大友A子において全裸体となり、陰部を示し、同人等にその姿態の写真を撮影させる等し、もつて、公然、猥褻の行為をし、

第二遠藤正宏から売春婦の周旋方を依頼され、同月三一日、沼津市上土字鉄砲町四〇六番地の自宅前路上、つづいて同市千本郷林一、九〇七番地の一旅館「翠芳園」こと沢田慶子方前路上において、前記大友A子およびもと被告人方店員田中B子(当一八歳)に対し、遠藤正宏および坂野兼弘を売春の相手方として紹介し、もつて、売春の周旋をしたものである。

二、証拠の標目<省略>

三、法律の適用

法律によれば、被告人の判示第一(一)および(二)の各所為はいずれも刑法一七四条、六〇条、罰金等臨時措置法二条、三条一項一号に、第二の所為は売春防止法六条一項に該当するので、各所定刑のうちいずれも懲役刑を選択し、刑法四五条前段、四七条、一〇条により最も重い判示第二の罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役八月に処するが、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間刑の執行を猶予することにする。

四、無罪とした公訴事実に関する判断

本件昭和四二年五月四日付起訴状記載の公訴事実二(一)および(二)は、「被告人は、いずれも大友A子と共謀のうえ、(一) 昭和四二年三月二三日頃、静岡県富士市伝法字日吉町三、四六四番地の二旅館「佐知」こと藤巻さちゑ方において、遠藤正宏ほか三名の面前で右大友をして全裸体とならしめ、陰部を示して同人等に写真撮影をさせるなどし、もつて公然猥褻の行為をし、(二) 同月二五日頃、同県御殿場市東山五四〇番地岩間別荘において、井上圭次ほか三名の面前で右大友をして全裸体とならしめ、陰部を示すなどして公然猥褻の行為をしたものである。」というのである。

そこで考察すると、<証拠略>によれば、右(一)および(二)の各公訴事実は、行為の公然性の点を除いて、優にこれを認めることができる。

しかしながら、右の各証拠によれば、同時に、

(イ)  右(一)の猥褻行為を見た者は、被告人の知人遠藤正宏、同人の知人山崎信昭、山崎の知人で遠藤、山崎とともに麻雀遊戯の仲間である山田久夫、同後藤直樹の四名であり、被告人は、山崎、山田、後藤とは面識はないが、遠藤の知人(当日の麻雀遊戯の仲間)という了解のもとに大友A子の猥褻行為を見せたものであり、また、(二)の猥褻行為を見た者は、被告人の妻の兄井上圭次、被告人の弟山橋謙三、同山橋金治、井上圭次の隣家で被告人夫婦の媒酌人の子である井上光仁の四名で、かねて被告人と無尽講の仲間であり、被告人は、当日、その他の講員五名の札を預かつたうえ、井上当四名と毎月の例によつて無尽の会を開き入札をした後に飲食しながら同人等に大友A子の猥褻行為を見せるという意図のもとに岩間別荘に赴いて、そのとおり実行したものであつて、以上(一)および(二)の各観覧者等はいずれも特定少数人であること(なお、もちろん、各一回かぎりの猥褻行為であつて、さらにひきつづいて同所で他の者に見せるというものではなかつたこと)、

(ロ)  また、(一)の行為の場所である旅館「佐知」の離れ座敷「水仙の間」、(二)の行為、場所である岩間別荘は、いずれも他人の往来から隔絶した密室であつて、当時、他人によつて猥褻行為が瞥見すらされる状態でなかつたこと、が認められる。

右の認定によれば、(一)および(二)の各猥褻行為は、公然、すなわち不特定もしくは多数の者の認識し、または認識することのできる状態で行なわれたものと認めることはできない。

もつとも、被告人は、当時、大友A子とともに諸所で撮影会等に名をかりて猥褻行為を行ない、利益を得ていたもので、現に右(一)の行為の際は明らかに対価を得ており、また(二)の行為についても利得していないではないことが認められる。検察官は、この点から、(一)の行為について、被告人の気持は「金さえ取れれば観覧者は誰でもよい。」というのであつたのであり、前記観覧者遠藤等四名はいずれも不特定人であり、また、(二)の行為も、その真相は(一)と同断であると主張するが、観覧者が特定人であるかどうかは、行為が営利本位でないかどうかということだけによつて決まるのではなく、当該行為ごとの具体的事情のもとで行為者と観覧者との間に、単にその場の、いわば無名的な「見せる者」と「見る者」という以上の個人的関係の存否等を考慮して決定すべきであり、本件において前記(イ)のような事実関係が認められる以上、本件(一)および(二)の各観覧者等は特定していると見なければならない。検察官の援用する最高裁判所昭和三三年九月五日決定(刑集一二巻一三号二八四四頁)は、本件と事実関係を異にし、適切ではない。刑法一七四条の法文上明らかなとおり、行為者に営利の目的があるかどうかでなく、猥褻行為の見せ方自体の形態が問題であるのであつて、この点から見ると、営利目的のなかつた事案ではあるが、広島高等裁判所昭和二五年七月二四日判決(刑判特報一二号九八頁)、宮崎簡易裁判所昭和三九年五月一三日判決(下級刑集六巻五・六号六五二頁)がむしろ適切である。

なお、このように解すると、最近における営利の目的をもつてする猥褻事犯の実情にかんがみ取締り上支障が生ずるという意見があろうが、取締りの徹底を期するためには、営利の目的をもつて業として猥褻行為(および刑法一七五条の猥褻図画の陳列)をする者は、公然と行なわれたものでなくても処罰することのできるよう、条文の新設を要すると考えられる。

以上の次第で、前記(一)および(二)の各公訴事実については、各行為が公然と行なわれたという点の十分な証明がないから、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 大久保太郎)

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